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NHK放映後の私の周辺の反応ですが、反応が大きく3つに分かれました。
まず一つめのグループですが、これは少数ですが、私の人生に大いに関って下さっている方々の反応です。『大いに関って下さっている』というのは、私の仕事においても痣のことに関しても深い洞察力で察してくださっており、また、いろいろなご助言を頂いている方々です。これらの先生方には言葉を惜しまずと言っても良いぐらいに励ましと喜びの言葉を頂きました。ありがたいことです。
二つめのグループは、どっちかと言えば仲良しの方々です。 「見たでぇぇ」 とちゃかしてくるような 「おちゃめ」 な人達です。
三つめのグループは、 「ノーコメント」 な方々です。番組を見ているはずなんですが、あえて触れない感じです。浅い付き合いというわけではないのですが、番組のテーマがその方々にとって「繊細」なものに受け取ったのか、軽々しくコメントできる内容ではないと受け取ったのか。
まぁ、相手の立場や気持ちになれば 「ノーコメント」 も理解できなくもないので、それに対しては何とも思っていません。寧ろ、さもありなんでしょう。見ていただけただけで感謝です。
私がこの取材を受諾した理由は、大阪で当事者の集り (Enjoyed Birthmarks Club(以下 E B C)) を作ったのとほぼ同じ理由です。
今ユニークフェイス当事者が置かれている現状に於いて、今いちばん改善しなければならないと思っている問題点は、幼いユニークフェイス当事者が学校という閉ざされた環境の中で、いじめの対象にされやすということです。
只でさえ昨今の小中学校のいじめ問題が深刻化、悪質化する中で、ユニークフェイスであるということは、更にいじめの標的にされる可能性が上がるわけです。
根本的ないじめ問題の解決には、学校側の“悪を許さない”という毅然とした対応が必要なことと、校長先生をはじめとする教職員の 「道徳観」「倫理観」 が正常に働いたうえで、学校や自身の名誉のためにいじめを隠蔽させないで、正しく善悪を峻別することが、悪を増長させないうえで大事な点だと思います。
学校の名誉や世間体を考えて一度いじめ加害者を擁護し、いじめ自体の隠蔽をすると、恐らくそのクラスや学校では 「いじめをしても大して罰(リスク)はない」 と生徒達に判断され、いじめが減ることはないでしょう。その結果事件となってテレビ新聞を騒がせることになれば、名誉も世間体もあったものではありません。たとえテレビや新聞に載らなくても、口コミというものを侮ってはいけません。その学校のありようというものは、しらないうちに隣町にまで届いているものです。
本当に学校の名誉を重んじるならば、いじめ問題に対して毅然とした対応をとることです。教職員に手の余るほど事件性の高いいじめならば警察の介入も辞さないことです。その“いじめを撲滅する”という意思表示をしたならば、学校の評判も上がっていって当然なのです。
子供達を教育する立場にある教職員の皆様は、勉学だけではなく、そういった普段からの立居振る舞いなどにおいて、何が正しくて何が間違っているかを教える立場にあるということも忘れないでほしいのです。
自身の経歴に傷がつくことを恐れていじめの隠蔽をするよりも、目の前にあるいじめ問題に真摯に取り組んだという事実が、将来の教職員の皆様の真の名誉になるということを今一度考えてほしいのです。
一般的ないじめ問題についての私の見解を話しました。では、次にここでの本題であるユニークフェイス当事者が “ユニークフェイスであることをもって いじめ被害者となる”ことをどうすれば無くしていけるのかという点についても私の考えを述べてみたいと思います。
NHKの番組の最後でも話していますが、所謂普通の顔をした人達が、初めて会う人の顔に痣があったり顔に周りの人と違う特徴を持ったりするときに、自分達とは違う 「異質な存在」 として受け取る場合があります。はじめて見ることになる自分と違う 「異質な存在」 とは、 「理解できない存在」 であり、 「恐怖」「恐れ」 という気持ちに繋がるかもしれません。或いは、ストレートな見た目の観点から当事者に対して 「蔑み」「劣っている」、「弱者」 というレッテル貼りが行われる場合もあるかもしれません。
この第一印象の 「異質な存在」 として見る目は、 “初めて見る存在” であるという一点から生じる 「誤解」 であると私は考えています。この誤解は解かなくてはなりません。
私は確か 「知らないから普通じゃない」「知っていれば普通のこと」 という趣旨のことを言ったと思います。この考えは、私の家族や親類の中において、私の顔に痣があること自体が普通のこととして扱われてきたことに由来します。
私には5人の甥が居ります。2人の兄の子供達です。当たり前のことですが、その甥っ子達は幼い頃から私のこと、私の顔のことを見知っており、まぁたまに「なんで赤いの?」と理由を聞かれることはありましたが、私の顔に痣があることは至極当然のこと自然なことと受け取ってもらっていると思います(親のフォローもあったかもしれませんが)。
こういう経験から、世の中の人々が 「普通のこと」 として捉え認識していることは、彼らが情報として 「知っていること」 に限られているという当たり前の解答が導き出されます。
つまり、現状に於いて世の人々が未だ我々ユニークフェイスの存在を知らないということは、我々UF当事者は彼らにとって 「普通ではない」 ということになるのです。これを言うのは非常に残念であり、悲しい現実なのですが、事実から目を背けては正しい未来に前進はできないとも思うのです。
これが、前述した 『私がこの取材を受諾した理由は、大阪で当事者の集り(E B C)を作ったのとほぼ同じ理由です。』 に繋がります。
我々UF当事者が 「普通の人」 として世の人々に認識されるには、なんとかして皆さんに 「ユニークフェイス」や「見た目問題」 の存在を知っていただく必要があると考えています。ユニークフェイスな人達が居るということ、見た目の問題で心苦しんでいる人達もいるということを知ってもらうことで、“学童であるUF当事者”を標的にした広義の いじめ は減ってくれるものと思っています。また、こういった活動が知られることで、我々が当事者の子供達の相談先としての受け皿になれる日もくるかもしれません。
『 日本全国、隅から隅まで知ってもらうなんて不可能だ 』 と仰る人もいるかもしれません。私も「できる」という確信は持っていません。でも、死ぬまであと数十年この活動を続けていけば、今よりは知ってもらえるはずだと思っています。知ってもらって、今よりも当事者の子供達が楽に生きられる世の中になっていればそれで良いと思っています。私は私の能力以上のことはできません。できることをやるのみです。
我々EBCが取り組みたいこと、取り組み始めたこととしてまず一つは、先日のNHKさんの件もそうですが、学校教育へのアプローチです。具体的に学校教育へどう関っていくかということで、今始めていこうとしているのは、まず学校の先生方にこの問題を知っていただき、ご理解をいただくということです。それと平行して、学生生徒の皆さんにも知っていただければと考えています。
と、一見私がいろいろ取り組んでいるような書き方をしていますが、これら全てを実現化してくれているのは玉置先生や痣の先輩である石井政之さん達です。実は私はこれといって力になれていません(汗。
私のできることは、こうやって自らの考えを纏めて脳髄から搾り出すことや、テレビや新聞各社の取材が来てくれたときに喜んで受けるくらいのことだけです。そう考えると、この取り組みは、到底一人ではできるものではありません。
多くの仲間達に感謝の毎日です。
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んっと、追記
今更ですが、NHKの本放送を見て感じたこと。(時間を経てかなり咀嚼できた。うん。)
「辛い時期の話に焦点があたりすぎかな」・・・とも思いますが、番組の趣旨がおそらく 「道徳観念」 や 「いじめ問題」 を考えてのことであり、「見た目問題に悩む児童生徒の気持ちを理解する」 という趣旨だと思うので仕方がないかなというところに落ち着いた。
「当事者だけど負けずに元気元気!!わはははは!」では、「じゃあいいじゃん」 で終わるもんね。
まず第一に、番組を見てもらいたい対象が小学校高学年から中学生というところ。これ大事。
インタビュアーのディレクター氏にも「今のところ小学生に解る言葉で・・・」と何度か撮り直ししたもんね。
なので、私も何回目かで視聴したときは、子供目線に帰って見ました。大きいお友達も一度やってみてはどうでしょう?できますかね?
現在只今学校生活を送っているUF当事者と、その周りの児童生徒にとっては、大人になった当事者の先輩が子供の頃どういう経験をしたか、どう感じたかが聞きたいことであって、大人になってどんな生活してるかとか成功したか失敗したかなんてたいして興味ないもんね。
そう考えると、NHKさんの編集は間違ってないかなと思いました。寧ろよく練られていると関心も。
ただ、社会(=の代表でもあるマスコミ)のUFに対する認識は、10年前とさほど変わってないという現実の確認にもなったな、ということも思いました。当事者の苦しみや置かれた立場を理解するという形の趣旨でしかマスコミが取り上げられないということは、未だもって社会の認識がその程度だということですね。
我々の活動はまだまだ足りていない。もっと頑張れる!ということでFA?